人を助けるということ
最近ニュースを見ると、東日本大震災に関するものが多く、それは当然だろうと思うけれど、中でも義援金やボランティアなど、「援助・支援」に関する内容が目立つ。
「大勢のボランティアが現地入りした」
「某企業の社長が○億円寄付をした」
ある意味、うらやましいなと思う。
私も、できることなら全てを放り出して現地で困っている人の役に立ちたい。
でも悲しいかな、私自身も生きていかなければならない。
仕事を休む余裕などない、というのが私の現実だ。
「人を助ける」ということは、簡単なようでとても難しいと最近よく思う。
寄付をするにも、自分に余裕がなければできないし、企業にしても、自社が儲かっていなければ他に寄付をする余裕などないだろう。
「寄付と言っても、少額ならできるでしょう?」
「現地に行かなくても、被災地の役に立つことは他にもある」
それは確かにその通りなのだが、ここで私が言いたいこと、感じていることとは、ちょっと違う。
ということで、人を助けたいと思うなら、あらゆる面で自分が強くなるしかない。稼ぐしかない。
日曜日の昼下がり、窓の外を見ながらそんなことを思った。
「今日のダーリン」と、生きる力
糸井重里さんが運営する「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトがある。とても有名なので、皆さんもご存知だろうと思う。
私もこのサイトが好きで時々読んでいるのだが、「今日のダーリン」というコーナーに素敵な話が紹介されていた。
「社長のいちばん大事な仕事」を、先の大震災を切り口にして書かれた内容で、とても印象的だった。
社長のいちばん大事な仕事とは、社員に給料を払うことであり、また顧客を創造すること。
頭では分かってはいるけれど、あらためてこのように指摘されると、襟を正したくなるような語り口である。
*
一方で、あの大震災のまっただ中にいる方々が、今回のエピソードのように希望を持って前向きに生きようとする姿にただただ脱帽する。
彼らはテレビでしか被災地を見ない私たち以上の惨状を毎日目にしているはずで、自分がもし同じ立場に置かれたら、絶望の淵から立ち上がれないだろうなと想像してしまう。
人間の生きようとする力はすごいんだなと、そんなことを「今日のダーリン」を読んで思った。
病院の質
しばらく更新していないなと思ったら、なんと最後の更新から3ヵ月以上が経とうとしているっ!
あぁ、またやってもうた。。。
昔から「忙しさ」を理由にして、ブログの更新が何度挫折したことか。
まぁ反省モードはこのくらいにして、先月(2011年3月)は大震災と入院が重なり、そりゃもう大変であった。
交通事故に遭って数週間入院していたのだけど、病院について以前から疑問に感じていたことが、今回の件で確信に変わった。
日本は世界有数の技術大国である。
また、サービスの質も世界の中では一流の部類に入るだろう。
だがしかし、こと医者の質(病院のサービス)は非常に低いのではないか?というのが私の意見である。
種類を問わず、病院にフラッと行けば1時間以上待つこともザラである一方、実際の診療は1分で終わってしまうこともある。
こちらはしんどい思いをして病院まで来ていると言うのに、医者は一言二言患者に声をかけ、「ではお大事に」である。
今回入院した病院も、私が知りたいと思っている詳しい説明は一切なく、質問を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているようでもあった。
このことをタイに旅行中の日本人の友人に話したら、次のように返事が来た。
「日本ではどちらかというと医者は神様、患者は医者の言われるようにしていればいい、というような考えが強い気がします。こちらが色々質問するとイライラしだす医者が多いですよね。タイの大きな病院は各医者が自分の部屋を持っておりそこで診察を行います。どの医師もとても親切で、じっくり話を聞いてくれるし、処方する薬の事もわかるように説明してくれます。いくつかの病院にお世話になりましたが、どの医者も英語を話し、カルテも英語です。受付には外国からの患者の受付があったり。。。アラブの金持ち風の人たちが待合室にうようよいます。手頃価格でちゃんとした治療が受けられるからタイに来るそうです」。
で、タイの病院の写真を送ってくれたのだけど、それがコレ。
ホテルの間違いじゃないですか?(笑)
まぁ全部が全部こんな行き届いた病院ではないだろうけど、おおむねタイの医者のサービスの質は高そうだ。
そういえば、日本の大きな病院って、英語で対応してくれるのだろうか?
ビールが100円以下って。。。
このところ、色んな分野で価格破壊が激しい。
少し前に流行った「Free(フリー)」という本よろしく、無料の居酒屋が登場したり、無料の古着屋が登場したりと、まぁ何しろモノの値段が安くなった。
それがいいか悪いかは別にして、スーパーやコンビニでもプライベートブランドか何かで、100円を切るビール(正確には発泡酒)が売られているのには本当に驚く。
牛丼の松屋も、一時期並みが290円で、そういえばマックも100円バーバーがしばらく売られていた。
しかし、これも所詮「しばらく」であり、いまは値上げした一方、上記の発泡酒は依然低価格を継続している。
これは、はっきり言ってスゴイことではないか。
100円と言ったら、コーラや缶コーヒーよりも安い。
私のような貧乏人には昨今のデフレ状況は大歓迎であるけれど、商売人にとっては、本当に頭を使う局面だと思う。
値段を下げるのはバカでもできるが、それを継続するのはしっかりとしたビジネスモデルを必要とする。
98円ビールがいつまで続くか、興味深い。
嵐 -Arashi-
最近のお気に入りと言えば、「嵐」である。
もちろん天候のことではなく、ジャニーズの嵐のことだ。
もともとアイドルグループになんぞ全く興味はなく、何より私は男なので、嵐が好きだと書くと変態に思われるかもしれないが、彼らの番組を観るのは好きである。
ツイッター(twitter)で、私のフォロワーさんには外国人も多いのだけれど、嵐のことを英語でつぶやくと、色んな国の人から「私も好き!」とか反応が来る。
私自身なにゆえにこうも好きなんだろう、とあらためて考えてみると、はっきりしたところは分からないが、「普通っぽいところ」が好きなのかもしれない。
松潤など「これぞジャニーズ!」というイケメンもいるけれど、スマップなどとは違い、メンバーにイケメンを揃えているわけでもない。
イケメンである松潤も、そういうイヤミなところがまったくなくて、実にさわやかな語り口だ。
松潤を除けば、むしろだめんずっぽいメンバーが多く、トークも実に普通の若者っぽくて、好感が持てる。
このように、アイドルっぽくないところが嵐の魅力だと最近よく思うのだけれど、どうだろうか。
スマップは雲の上の存在でも、嵐には手が届きそうな気がする。
例えて言うと、そんな感じだ。
テレビ業界残酷物語。
先日、テレビ業界の人と飲んだ。
以前テレビ局で番組製作に携わり、今はその経験を活かして広告営業の仕事を自分でされている。
その人とは初対面であったが、私が普段まったくつながりがない世界なので、彼の話はとても面白かった。
もう10年くらい前だそうだけど、その人は某テレビ局でADの仕事をしていたそうで、ADの残酷物語たるや想像を絶するものがある。
たとえば長時間労働は当たり前で、それはテレビ局に限らず他の業界でも珍しいことではないが、あるとき時給換算してみたら、たったの300円だと知り愕然としたことがあるそうだ。
で、何しろ忙しいので家に帰ることもほとんどなく、アパートを借りている意味がないとよく思ったとのこと。
周りからは「テレビ局に住民票を移しちゃえば?」と、半ば真剣に言われたみたいで、一週間の睡眠時間が一桁ということもよくあったらしい。
ということで、まず睡眠時間が圧倒的に少ない。
これではさすがに体はもたないだろうと聞いてみたら、移動時間が貴重な睡眠の時間らしい。
電車に座ったとき、タクシーに乗った時が絶好の睡眠時間らしく、ADをやめた今でも、どこでもすぐ寝れるのが唯一の特技だと言っていた。
で、上司からは意味もなくボコボコに殴られ、本当に何度殴り返そうと思ったか数しれないとも。
ある同僚のADは、上司にたてつき、イスにガムテープでぐるぐる巻きにされ、タレントさんが使うエレベーターにそのまま乗せられたそうである。
途中で乗ってきたタレントさんは、さぞかし驚いたに違いない。
このように、実に過酷なAD時代だったようだけど、食費だけは全然かからなかったそうで、それは弁当が出たから。
もう少し正確に言うと、AD用に弁当など出てこないけど、タレントやスタッフの分を注文するときに、かならず2〜3個余分に注文するそうで(余るより、足らないことの方が問題だから)、で、結果的に毎回必ず弁当が余る。
それがスタジオのある場所に置かれ、暗黙の了解でADなどが空気を読んで食べることができたらしい。
そしてその彼が飲み会の最後の方に言った一言。
「最近はテレビ局もずいぶん平和になったもんだ」。
広告の仕事でテレビ局に今でも出入りしているその彼は、まず廊下で寝ているADの姿はまったく見なくなったようで、それだけでも昔より随分改善されているように見えるらしい。
昔は廊下に数人のADが寝ている光景は普通だったそうだ。
ということで、彼は残酷物語を話そうと思えばいくらでも話せ、それこそ一冊の本にするくらいのネタを持っているので、出版のお話も謹んでお受けするとのことである(笑)。
メルマガの再開あれこれ。
これまで3年間ほど続けてきたメルマガをここ3ヵ月ほど中断している。
まったくの趣味で書いており、にも関わらずそれまで土日も休まず毎日配信してきたので、正直しんどいものがあった。
ただでさえ、立ち上げた会社が上手く回るように長時間労働でがんばっているところを、収益を生み出さないメルマガを書き続けることは、普通に考えて意味がないことになる。
いや、意味はあるのか。こんなメルマガでも「面白い」、「再開はまだか?」と言ってくれる読者がいる。
彼らの役に少しは立っていそうなので、読者のことだけを考え再開することも可能ではあるけれど、どうも踏ん切りがつかない。
メルマガを書くのに、だいたい毎日1時間強かかる。
なんだ1時間かと言われそうだが、この「1時間」を捻出するのは今の私にとって大変難しいことなのだ。
と、ここまで書いてみて、なんのことはない、単なる愚痴であることに気づいた(苦笑)。
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このメルマガをなんとか収益に結びつけたい。私は書くことが大好きだとはっきり自覚しているので、文章を書いてそれが収入になるならこんな嬉しいことはない(文才があるかどうかは別にして)。
やっぱり何事も、「タダ」では続かないのではないか?
そんなジレンマと格闘する今日この頃である。